お疲れ様でした。

最終更新日

平和島ボートのSGボートレースクラシックは吉川元浩選手が優勝した。

その優勝戦インタビューで

 

「めずらくエース機を引いて、そのときから何かが後押ししてくれている感覚があったし、目に見えないパワーを感じていた。いい報告ができる。たぶん喜んでくれていると思う」

 

と涙を流した。

これが誰のことかは分かると思うが、後に誰かの目にとまればありがたいし、伝えていくことが自分のできることだと。

 

 

松本勝也選手

兵庫支部 登録番号:3529 68期 1995年デビュー

兵庫支部の中で、SGを制覇するのに最も近いのではないかと言われていた。

24年間A1級をキープし、若手のときから記念級として、間違いなく兵庫支部を代表する選手だった。

またその人柄で多くの選手に慕われた。

去年6月の多摩川で、次節のグラチャンで走る弟分の為、情報収集をしていたことが記事になったが、これが記事になることからも人柄が分かると思う。

松本選手がいたプロペラグループの「神戸カンパニー」は引退した沼田嘉弘さんがリーダーで、その中心だったと言われていた。金子龍介、今回出場の白石健ら兵庫の代表する顔ぶれが所属した。勿論、吉川も!

松本選手に近い選手達は、当然のように見習い、吸収し強くなった。
そういった面でも兵庫支部を支えた選手と言えると思う。

松本選手の姿に勇気をもらった。


自分の競艇人生のスタートは住之江競艇からだ。仕事で尼崎支店へ移動し、ホームが尼崎になった。

この頃の尼崎で売り出し中だったのが松本選手。勿論、すぐに覚えた。

2001年に東京と大阪を行き来する。2003年の暮れに、東京に営業所を作るということで完全に移動。

そこから毎年多摩川のかどまつ賞に行く事が、新年のスタートとなった。

その多摩川に新年早々に尼崎から遠征、地元で同期の高橋選手、また東京の顔の三角選手、村田、長岡、角谷選手と争う姿に感動。

当時は大阪から転勤。最初の数ヶ月は手伝いもあったが一人という状況。
この状況が自分と重なって見えて、勇気を貰った。
それからは、以前にも増して応援していた。

印象に残るレース

多摩川で忘れられないのが、勝ったレースではなく、2007年のレースだと思う。

人気投票のドリームに遠征勢から唯一、6枠で乗り、優勝戦も6枠だった。
地元ではないのに人気があった。

レースは伸びる杉山選手が3枠も大外に!
スタート後に全て捲ったと思ったらF。松本選手は5艇中の最下位、そこから村田選手との争いを捌き4着とレースを終えた。

 

初日、最終日が6枠

全て捲られたと思ったら、杉山選手がFだったこと。

そして最下位争いかもしれないが道中の捌き、何より諦めない走り。

 

以上のことから印象に残っている。

全ての選手がそうだろうが、最後まで諦めない姿には本当に刺激を受けた。自分に重ねてみていたんだと思う。

数えきれない沢山の勇気を頂いた。本当に人望があり、どこからでも舟券に絡むレーススタイルだった。

 

本当にありがとうございました。

 

この機会だからもう一人忘れないでほしいのが

 

坂谷真史選手

登録番号 4048 85期 1999年デビュー

銀河系の中で間違いなく才能のあった1人。銀河系が語られる中で、少しでも思い出す人がいるように。

自分の中で差しが凄く、鮮明に記憶しています。

 

今回の優勝に自分なりの思いがあり、いろいろ書かせてもらいました。

 

最後に

良い報告の為に勝ちたい、エース機だから勝たないといけないプレッシャー。

色々あった中、優勝というかたちで解放されたのだと。

その涙にもらい泣き!

白石選手が後ろに写っていたが、次は自分がと誓ったのかなと勝手に思い涙。

 

本当にお疲れ様でした。

 

昨日は2参戦、2的中とここ二日のマイナスをかなり回収できた。

今日は勝負は別だが

江戸川3レースを

また蒲郡10レースに流せるか?

展示後、今日のレースに

bsio